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2012年9月5日水曜日

常山城



常山城は文明年間(1469年~1486年)に備中の戦国大名・三村氏の姻戚である上野氏によって築かれたとされるが、詳細については不明である。以後、備中上野氏の居城となった。

上野肥前守隆徳が、備中上野氏最後の当主となった。天正3年(1575年)毛利氏により攻撃を受けた三村氏一族最後の居城が常山城であり、常山城は毛利氏の軍勢に取り囲まれ上野隆徳は城内で自害したが、上野隆徳の妻である鶴姫は、武家に生まれた女としての信念を貫き、城内の侍女三十余名を率い、城外の毛利軍に突撃した。鶴姫は毛利軍の武将である乃美宗勝に一騎打ちを挑むが、乃美宗勝はそれを拒否し、思わぬ奇襲に乱れた軍を建て直した。鶴姫は再度城内に戻り、自害した。

豊臣時代には宇喜多秀家の所領となり、戸川秀安が城主となった。

山麓には秀安の墓と位牌所・友林堂(友林は秀安の号)がある。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで宇喜多氏が改易となり、小早川秀秋が当地の領主となるとその家臣の伊岐真利が城主となった。

慶長8年(1603年)小早川秀秋が病死し改易となると、池田忠継の所領となり忠継はこの城を廃城とした。

現在、常山に城は現存しておらず、城跡として案内されている。

また山頂付近には、鶴姫や侍女たちを祀る墓が34基あり、『女軍の墓』として紹介されている。

岡山県児島にある 常山、山頂には常山城跡があり、観光地だったらしく案内図や観光バス用の駐車場があります。

ここは昔城落しに合い何百という方が亡くなったそうです、中でも女軍、女性ばかりの軍があったらしく、女軍の墓というのもあります。

他にも底なし井戸、腹切り岩などもあります。

山頂へ上る登山道? ワゴン車一台がギリギリ通れるくらいの道があり、左は崖、右は絶壁です。

ガードレールも草や木で見えなくなっており、夜行くのは大変危険です。

私は真昼間に行ったのですが とてもとても夜に来ようとは思えない雰囲気でした。

もちろん車から外に出ようとも思えなく;底なし井戸、腹切り岩、女軍の墓、などは見に行くこともできませんでした。

登山道の右側には20メートルくらいおきに、お地蔵様がありなんともいえない道のりでした。

後で付近に住んでいる友達に聞いたところ、常山は地元の人はあまり近づかないそうです。

年に何回か慰霊祭なども行われてるらしいです。

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