地域別心霊カテゴリー

2011年3月14日月曜日

商売もほどほどに

名前からして物騒ですが、これは沖縄にある鍾乳洞の1つです。
(注!玉○洞とは全く違う鍾乳洞です!!)
毎年恒例の家族で沖縄旅行の最終日に行きました。

飛行機搭乗まで何時間も時間が余っていたので、タクシーの運転手にどこか面白いところにでも連れて行ってもらおうと思い、案内を頼んだのが始まりです。有名ではないけど畳岩等に連れて行ってもらったあと、ついでに鍾乳洞にも行こうということになったわけです。

結構島の奥の方にあって、入り口前の広場?付近も舗装されているわけでなく、雑木林みたいな中にありました。

そういえば、その辺りの植物は何か物凄くうっとおしく感じました。

結構安くは無い入場料を取ってくれた現地の受付のおばさんはどうも嫌いでした。
地元の中学生くらいのツアーが2,3組洞窟入り口に向かって階段を降りていき、やっと私が洞窟入り口を見下ろせた時、
「ああ・・・とんでもないところに来てしまった・・・」と直感した。

私の霊感は「属に言う霊感体質で・・」と名乗る程にはパーフェクトな霊感ではありませんが、それでも普通の人よりは見えるものは見え、感じるものは感じ、聞えてくるものは聞こえてくるのです。

階段を降りていくと、鍾乳洞入り口の横には人が入れないようにされている大きい横穴がありました。そこには無数の古い、中には割れた壺が押し込まれてぞんざいにされていました。

私は薄々この壺とこの鍾乳洞の正体を知りながら、気の毒な壺たちをぼんやりと眺めました。
割れた壺や、壷の中から飛び出す白い物、散乱する白い、長い・・・・

骨達。

絵に描いたように肋骨や大腿骨やら頭骸骨が、やはり割れたもの含め、散乱し、奥へと押しやられていたのだ。

骨壷・・・そうだ。この鍾乳洞は、本島から来て、ここで「玉砕」しただろう兵士達の墓地だった。言葉で説明されなくても、その光景があまりにも雄弁に物語っていた。
・・・もし、現地の市民だったら、埋葬されて記念碑が立っているだろう。

ぼんやりしながら、やるせなさと理不尽さで目眩がしそうだった。本来見世物にしてはならないはずの場所なのだ。

「何故こんな事をした?わざわざここを見世物にしなくても、沖縄には二十分に美しい観光名 所があるじゃないか!埋葬すら彼等には許されないのか?!!」
私は理解ができなかった。「戦争の悲劇を繰り返さないために」「戦争の悲惨を語り継ぐための」目的ではないことは明らかだった。階段の上に走って戻って、夢中で入場料で集めたお金の勘定をし続けていただろう地元のおばさんに抗議したい衝動を抑えながら、家族皆の後を追いかけて鍾乳洞に入っていった。

小学校から毎年平和を、平和をと社会科で言われた気がするのに、悲惨を繰り返さないために毎年大規模なセレモニーを捧げられたり、参拝問題が起きる神社に国ぐるみで参拝されたり奉られたりして戦争の犠牲者を追悼する中、立場は違えど明らかに戦争犠牲者なのに、埋葬すらされずに晒し者にされている者達がいた・・・。

さて、鍾乳洞に入っていくと、凄く長い道のり!信じられないほど広大な空間だった。完璧な姿こそは見えないものの、洞窟の壁の方で無数の「誰か達」がおぼろげに見えるような見えないような・・・。物凄く人がひしめいている様で、とてつもなく息苦しい。歩いていく中、呻き声や叫び声が響き渡っていたように聞こえ(た気がしただけかどうかは良く判らない)、更に凄まじい耳鳴りがしてきた。(ツアーのおしゃべりがうるさい中だったのに)

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